片言隻句

モクジ




 土方十四郎は芋道場の時代の頃から沖田総悟を弟の様に思ってきた。土方は複雑な出生の持ち主ではあったが、何はともあれ末弟である。だが、境遇のせいか面倒見は良かった。無愛想で口数が少なく、涼しい顔をした美丈夫であるから一見だと冷淡に思われがちなので近寄ろうとした童子はあまりいなかったし、好き嫌いの分かれる男でもあるからあまり知られてはいなかったが。
 そしてもう一つこの男の特徴として恐ろしく勘が鋭く目敏い。
 屯所の中庭をひょこひょこと歩いていた総悟を見つけて、呼び止め駆け寄ったかと思うとぐいっと着流しの袖を無遠慮に捲った。全てが一連の流れだった。立ち振る舞いに無駄が無い。慌てて隠そうとした総悟の行動は後手にまわったので、それは露見してしまうしかなかった。
「バカか、テメェは」
「うるせいほっとけ」
「昨日の捕りもん時だな、あん時から、なんかおかしいとは思ってたが」
 右手の手首から肘までに新しく生々しい傷跡がある。血は止まっているようだが処置は何もされていなかった。
「オイ、斬られたのばれんの恥とか思って、処置ほったらかして傷口膿んで熱出したらそれこそが恥だぞ」 
 咥え煙草をしながら高圧的に云うもんだから苛々する、と総悟は歯噛みするが、実際、空気に当てるとジンと痛む。
 土方が建物を振り返り、少し声を張って「近藤さん」と呼んだ。この築山が見事な中庭に面しているのは局長室と副長室だけだ。障子を開いて近藤が顔を出す。
「コイツやっぱり隠してやがった。今から病院連れてくから」
 総悟が舌打ちをすると、近藤が悪戯に笑った。
「総悟、トシには隠せねェなァ」

 着流しに腰に差料だけぶらさげて不機嫌な顔をして歩く。咥え煙草の隣の男は涼しい顔だ。
「それにしてもお前が傷つくるなんて珍しいな」
「アンタはよく傷こさえますからね」
「テメ、喧嘩売ってんのかよ」
「じゃあ他に何売ってるように見えるんです、沢庵ですかィ」
「口が減らねェガキだな」
 土方がチッと舌打ちをうって溜息をついた。もっと口喧嘩をしていたかったが「傷、痛むか」と静かな声で訊いてくるから、調子狂うなァ、と総悟は居心地が悪くなる。
「チョットだけ、空気に触れるとジンと痛ェ」
「そうか。………なんか庇ったのか」
 勘が鋭いとこれだから困る。これ以上不手際を明かすのは癪なんで「別に」とそっぽを向いた。
 昨日の捕りものは土方を筆頭に一番隊と三番隊で出陣した。菅実屋という老舗の旅籠屋に攘夷志士の会合があると監察方が聞き付け、少人数での出だった。人数は少ないが一番隊、三番隊士は選りすぐりの剣客である。
 乱闘にはなったのだが、新選組側に死者は無く、尊皇派攘夷浪士側は三名討ち取り四名捕縛という成果を出した。
 二階の座敷での戦闘だった。部屋数は全部で六つ。そのうちに二部屋に浪士がいた。総悟は先陣に立ち斬り込んでいったのだが、一人の浪士が奥の座敷に逃げた。追うとそこで宴を楽しんでいた一般の客を人質に取られ、膠着状態が続いた。そこに運悪く人質の子供が現れて首元に刀を向けられている母親に寄った。狼狽した浪士が子供に剣を振りかざしたので右肩で庇いそのまま突き飛ばし斬った。
 その時に負った傷だ。
 総悟は自分には守るものや大切なものは近藤しかないと思っている。それ以外を思うのはひどくめんどくさい。だが、もし斬られたくないもの、その時に守れるならば守ってやりたいものがあるとしたら子供だと思っている。子供には未来があるし、単純に凄いなァと思っている。
「子供って強いですよね」
 突然の総悟の発言に土方は訝しげに顔を顰めた。
「あぁ?」
 刀をも恐れず母親に向かったのだ。丸腰で。あれは総悟も肝が冷えた。だが訳を知らない土方はちょっと考える風だ。
「でもそうだなァ、土方さん。そしたら俺等も子供みたいなもんかもしれませんぜ」
 土方はこういう時の総悟を良く知っているから、口は挟まず黙って聞く。総悟は天に選ばれた剣の天才だが、発言がたまに奇妙な事がある。総悟のこういう言葉に大抵の者は「よくわかんねェなァ」と投げてしまうが、土方はどこかで不思議なくらい筋が通っていると思っている。
「ガキの頃、よく蛙とか蜻蛉とか蟻とか、そういうの虐殺したでしょう。面白がって無残に命奪った。でも、それがなんだか歳とるにつれて悪いことの様な気がしてしなくなる。今なら子供がそういうことしてると眉顰めたくなるじゃねェですか。でも子供は純粋なんです。やりたいことやってるだけなんです。ほら、俺等は今人間の命奪ってるでしょ、人斬ってる時ァ、あん時の気持ちに近いんじゃねェかっておもってやすよ、俺は。最初に人斬った時は身体震えました。正直怖かったし、死んだヤローがいつまでも俺を追ってくる気がしてならなかった。でも五人くらい斬った時からなんか普通の事になっちゃったんですよね。罪悪感も何もねェンです。麻痺っていうんですかね、土方さんもそうでしょう。今はいかに効率よく斬れるか、なんて事を真剣に考えてやす。いかに返り血を浴びないか、だとか刀を錆びさせないか、だとか。実際、考えて実践で巧くいくと純粋に嬉しいんですよね」
 物騒な事を言っているのに総悟は楽しくって仕方ないと云う表情をしている。土方の表情は変わらない。
「こう考えると、やっぱり人斬り集団ですねィ」
「そうだよ」
 土方はそれ以外何も云わない。歩道の中央を歩きながら黙々と進む。総悟は真選組隊士であることを少しも卑下していない。迷いはない。人を殺す事も、剣を振るう事も、粛清することも。今まで一度だって後悔したことはないし、ここしかないとも思っている。時勢や思想や政治とかそういう難しい事は土方や近藤に任せていればいいと思っている。一番隊隊長としてやるべきことをする事、剣に向かう思いの矜持だけあればいいと思っている。無駄はいらない。
「総悟」と呼ばれて、顔を上げた。隣を歩く土方は真っ直ぐ前だけを見つめている。決して、その視線は揺れる事はない。この男と共に歩いてきた。これからもずっとそうだろう。
 人は人によって影響を受ける。この気に喰わない男の影響が自分を何より模っている事を、総悟は薄々感じている。
「痛ェか」
 聞かれて、一瞬傷ついた顔をしてしまった。だが、土方はこちらを見なかった。
 自分はこの男の半身に近い事も理解している。近藤という大きなものに寄り添う、個体の片割れだ。
「…………痛ェ」
 隠す事は無駄だと分かってる。それでも隠したくなるが、現にひりひりするから、腕を押さえながら呟くように白状した。
 じゃあよう、と土方が男くさく笑う。こっちを見たかと思うと、鬼の副長の顔をした。
「俺は痛くねェから、お前が痛み感じといてくれ」
 頷く事は気持ちの上でよしとしない。




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