議会は白熱していた。
 議席の男達は、立ち上がったり、机を苛立たしげに叩いたりしながら、絶えず口角から泡を飛ばしていた。議長席では恰幅の良い、歩く威厳のような男が腕組をしている。傍聴席は成り行きを固唾を呑んで見守っていた。
 白い漆喰の塗り壁に、明かり取りはガラスブロック。床は暗赤色の絨毯が敷き詰められている。半円形に並べられている議席にはそれぞれの席にマイクが設置されているが、彼らの声は電気信号に変換されずとも、会場に明々と響いていた。
 彼ら―――議員も、議長も、聴衆も全て、白い布を身体に巻いた衣裳だった。天井にはクリスタルガラスをふんだん使用したシャンデリアが煌々としている。
「――――ですから、必要のないものは、退化させるべきです。これは進化の過程で必要な事なのです! いまこそ、無駄な部位を削減するべき時なのです!!」
 熱っぽく、男が叫んだ。彼は爛々と眼を光らせていた。
「芸がないな」
 と皮肉っぽく呟いたのは、叫んだ男とは対岸の席に座る男だった。
「何!?」
「だってそうだろう。三十年前も六十年前も君はその言葉を放ち続けてきた。しかし、君の案は一度たりとも採用されたことがない」
「だからこそ!」と、男は勢い込む「だからこそ! 今度こそは退化させるべきなのだ!」
「静粛に」
 今まで沈黙を守っていた議長が深みのある声を響かせると、議会は水を打ったように静まり返る。彼の声は誰もがたちどころに口を噤む絶対的な力があった。議長の朗々とした声が続く。
「現存するほとんどの生物は、何らかの形で退化器官を持つ。我々は議論に議論を重ね、今まで生命の新退化に関わってきた。これは諸君の知るところである。進化にはまた退化が必要で、退化も進化と道程の一部だ。このたびの議題は、地球という惑星のヒト化という生き物の男に分類される者たちの乳首という身体の部位の必要性だったな。君たちはこれまでも熱い議論を繰り広げてくれた。ただ、この議題は、ここまで三度も討論をした結果、保留となって持ち越されている。本日は、徹底的に討論し、この問題を今回限りで解決に導きたい」
 議会はどよめきが起こった。
 議長は咳払いをし「では、はじめてくれたまえ」と、横にいる補佐官に告げた。
 補佐官は胸を反らせて一歩前に出た。
「では、まず、乳首の必要性を論じていきたいと思います」
 議席からいくつもの挙手。説明すると、議席は中央から左側が乳首存続を訴える保守派。右側が乳首消滅を訴える革新派だ。補佐官は議席を見まわし、保守派のある男の名前を読み上げた。
「乳首は芸術です!」
 名指しされた男は立ち上がるなり、言いきった。そして、満面の笑みを浮かべ、「胸郭と腹部に飾りが臍だけだったら寂しいではありませんか!」と主張した。保守派からは拍手が鳴った。
 続いて、補佐官は革新派のある男の名を呼んだ。革新派の議席から呼ばれた男が立ちあがった。
「不要である」断言した。「男の乳首は無用の長物である! 役に立たない器官は即効、DNAから抹消すべきである!」革新派からは拍手が鳴ったが、保守派からは「ひどい」「あんまりだ」と嘆きの声が漏れた。
 続いて、保守派、
「思い出してください。そもそも、本来、ヒト化の生物は全てが女体になるように構成したじゃありませんか! それを促進したのは、誰でもない、革新派のみなさんですぞ! それが、子孫の繁栄の問題点により、急ぎ修整、女になる途中の分岐点において男遺伝子の作用を設けたのではありませんか。本来の道から脇道へ逸れて出来上がったのが男ですぞ。女性になるようにデザインされていたからこそ、男にも乳首が残ってしまった。これは我々の落ち度です。ヒト化の生き物は乳首がある事に慣れている。乳首があるのが当たり前の生活をしている。それを取り上げるとは、聊か傲慢すぎはしないですか!」
 保守派で主張した男は興奮のあまり、酸欠を起こして立ち眩みを覚えながらも言いきった。「そうだそうだ!」「その通りだ!」「よく言った!」仲間からの称賛の声に頬を紅潮させる。
 続くのは革新派である。
 名前を呼ばれた革新派の男は神経質そうな顔をしていた。眼鏡をくいっと持ち上げる。
「今、保守派から人間の男は乳首があって当たり前の生活をしている、という言葉が上がりました。それでは、私が地球でリサーチしてきた地球人の声を読み上げましょう。『好きで乳首がついているわけじゃない』『正直、なくてもいいよな、この乳首』『乳首が透けていたらかっこ悪い。白いシャツを着る時、正直、邪魔だなって思う』『ピンクの乳首で悩んでいる。だが、黒も気持ち悪い』『そもそも男に乳首がある意味わからない』どうです。これでも、我々が地球人のヒト化オスから乳首を取り上げることが傲慢だと仰るのですか?」
 神経質な男の口元が歪む。嫌な笑い方だった。仲間からは「いよッ! さすが、リサーチの男」「そうだそうだ! 地球人の気持ちを考えろ!」と声が上がる。
 保守派は一斉に青褪めた。
 続いて保守派の男が立ち上がる。弱弱しそうな、卑屈な顔である。
「あの……え……と、では、こうしたらいかがでしょうか……あの……そうですね。男の乳首をさらに進化させ、女のように豊満にしてしまうのは」
 この意見には保守派すらも呆れかえった。
 革新派からは待ってましたとばかりに野次が飛ぶ「荒唐無稽だ!」「何考えてんだ!」「母乳機能でもつけるのか! あほか!」「お前のやってること全部知ってるぞ!」
 旗色は一気に革新派に傾いた。
 その後も保守派からは「乳首には夢がある」だとか「毛が生える。安全対策だ」「押して遊ぶのに適している」など、要領を得ない発言しか上がらなかった。議会全体が、革新派に傾いた。
 もうダメか、誰もが思った。その時、一人の保守派が立ち上がった。今まで沈黙を守ってきた若者である。
 若者は指を鳴らす。すると、重厚な扉が開き、三人の男がプロジェクターとスクリーンを運び、手際良く設置していく。皆は呆気にとられていた。若者は議席から抜け出し、スクリーンの前に来ると、咳払いをした。
「では、みなさん。この映像をご覧ください」
 開口一番にそう言うと、シャンデリアが明かりを落とし、明かり取りにはカーテンが掛けられた。
 スクリーンには映像が浮かび上がる。二階建ての建物で、大きく「万事屋銀ちゃん」という看板が主張している。二階がズームアップされ、画面は横引きの扉の中に入り込む。玄関を抜け廊下を抜け、応接間を受けた。そして、映った光景に一同は息を呑む。
 議会に動揺が走った。
「まさか」「そんなばかな」
 銀色の髪の男が、黒髪の男を後ろから抱いているのである。そして、銀髪の男が何かを呟いた。議席からは「音量を上げろ!」という声があがる。若者は音量を上げた。銀髪の男は「土方」と熱っぽく囁いている。黒髪の男――土方は仏頂面だが「早くしろよ」と焦れていた。銀髪は後ろから、土方の着ている服―――黒の隊服を脱がしにかかる。ワイシャツを取り払うと、上半身が露わになった。銀髪は土方の顎に手をやって、自分に振り向かせると二人は口吻を交わす。啄ばむようだったものが、段々激しいものに変わっていく。お互いの舌が激しく行き来し合い、混ざり合った唾液が滴る。土方は赤い目元をぼんやりとさせ、たまに「ん」と跳ねるような吐息を漏らした。
 議会は固唾を呑んでいる。
 銀髪の両手が動く。
 議員たちは「あっ!」と声を上げる。
 銀髪の指が、土方の乳首を摘んだのだ。土方は明らかに反応していた。足をモジモジとさせ、身を軽く捩る。銀髪の指が、土方の乳首の愛撫する。技巧を凝らす、まるで楽器を奏でるかのような、さまざまな鮮やかな手淫だった。土方の顔がアップになる。瞳を潤ませ、唇を噛みしめ快感に耐えているのは一目瞭然だった。
 スクリーンは突然消え、シャンデリアが同時に灯った。場内は長編映画を観終わった後の筆紙に尽くし難い充実感のようなものを感じていた。
「どうです」
 若者は高らかに大衆に訴える。
「乳首は必要ですか? 不要ですか?」
 場内は拍手喝さい、桜吹雪が飛び交い、満場一致であった。
 斯くして、地球人男性の乳首は消滅を免れた。それはひとえに、彼らのおかげである。