不朽





「詳細ぐらい話せってんだ、勿体つけやがって」
 ぶつくさと文句を垂れ続ける永倉の少し後ろを歩きながら斉藤は永倉の情の篭った愚痴を聞き流していた。
 偶に同意を求めてくるので仕方なく適当に「ああ」と呟いている。そんな気のない斉藤の返事にも永倉は気分を害したようすではない。
 永倉新七という男は相手が誰であろうと態度が変わることが決っしてなかった。無口で陰気のある斉藤を大概の隊士は忌避する傾向にあるのだが、この永倉は斉藤の調子など心底お構いなしなのである。どうやら他人と自分との価値観の違いを気にしていないようなのだ。従って永倉は一般隊士からの受けがよく、近藤や土方、それに沖田からの信望も厚い。原田も同様なのだが、原田にはいささか無鉄砲なきらいがあって、一般隊士の中では好みが分かれるようだ。二番隊隊長を勤めており剣の腕も確かだ。斉藤はといえば永倉といるのは疲れなくて良い、というぐらいには好感を抱いている。
「土方が意味のない事をしないのは分かってるんだが、どうも視えない所で動きすぎている」これは先ほど土方の前でも漏らした不満だ。
「沖田とアンタくらいだな、土方の苦言を堂々と言うのは」
 永倉は少し考えるようにして視線を空に向けた。武州からの付き合いだ。土方を斉藤よりも知っているこの男は土方をどのように見ているのか。少し、気になった。
「苦言というか、なんかよ、土方が組の全部を仕切ってるだろ。局中法度や簡単な規律や捕りモンの指揮もそうだ。政治方面もあいつの意向するところが大概通っている。真選組は土方でまわってるようなもんだろ。俺はちょっとそれが良い事なのか疑問なんだ。はっきり言えば恐ろしいことなんじゃねぇのかって思っている」
 考えてもみろ、と永倉は腕を組んで続けた。
「あいつァ、実際、組織のなんたるかもしらねぇ男だったんだぜ。武州の田舎で刀振り回していきがってたんだ。それがよ、ある日突然に幕臣の組織の副長だぜ。そんで全部を担ってんだ」
「だが、土方以外の人間に副長の役目は勤まらない」
「そうだ。他じゃ無理だ。それはあいつの築いてきたものやあいつの日頃の手腕が俺たちにとって当たり前のものになってるからだ。あいつの指揮には矛盾がねェ。付け入る隙もありゃしねェよ。やること為すこと全てが緻密だ。そういう策士振りに天賦の才があるのはわかっちゃいるんだ。だがよ……」
 面映そうにした永倉が苦笑を浮かべた。そうすると随分、若くなる。いろいろな感情が綯交ぜになった表情で永倉自信も土方を語る自分が意外なようだった。
「まぁ、全部ひっくるめて言っちゃえば、俺はアイツが心配なんだと思う」
 絶対に誰にも言うなよ、と頭を掻く永倉に頷く。永倉のそんな気持ちをもし土方が聞いたら不機嫌に顔を歪ませる気がした。土方は同情されることが何よりも嫌いだからだ。
 白泉寺を右手に吉原遊郭方向に左折する。この辺りは寺院が軒並み連なっていて、しばらく歩けば長屋ばかりになる。その先はどこまでも広がる田地だ。目的の旅籠屋は寺院と長屋に挟まれたかたちで建っている。
 旅籠屋の隣の長屋は店舗兼住居の団子屋だ。団子屋の店先にコの字型に赤い腰掛があって和傘で日除けがしてある。そこで団子を頬張っているのが沖田だった。沖田は白の長着に深川鼠色の袴姿で斉藤と永倉を見つけると童子のような顔で笑う。隊の中で誰よりも多くの人間の生命を奪っている人間とは思えないほど奇妙に純粋な面だ。
「随分早かったですねェ」
 色素の薄い髪の毛がさらりと風に靡く。
「美味そうだな」
 永倉が笑った。隊の中でも武州から上って来た同士の仲はどこか気軽だ。斉藤は団子を口いっぱいに頬張った沖田に内心で舌打ちし、沖田に寄る永倉の後ろに続いた。どうもこの、飄々とした沖田の態度が気にいらない。
 永倉が沖田の隣に腰を下ろし、斉藤は二人の前に立ち腕を組む。沖田はニコニコと笑みを絶やさない。口の端にみたらしのタレがついている。指摘すると、汚れることなど構わずに袖で拭った。
「総悟、土方からお前から詳細を聞けといわれたんだが」
 永倉が言うと沖田は一つ頷いて茶を音を立てて啜る。一息入れてから視線を少し下に落とした。尖った指先が湯飲みの淵をなぞる。その指が菊一文字を縦横無尽に操るのだ。斉藤は無意識に沖田の指先を睨んでいた。
「俺の隊で抱えてる五八郎に以前から間者の疑いがありやしてね。どうやら黒だったようで」
 沖田が抑揚のない表情で言う。永倉はあからさまに顔を顰めた。
「確かなのか」
「ええ。そこの旅籠屋でマークしてた攘夷志士と密議をこらしてますぜ」
「いつからだ」
「俺が気付いたのは二ヶ月前くらいかなァ、土方さんはもう少し前に気付いてたみたいだけど」
 永倉は溜息をついて両手の平を腰掛けに置いた。そのまま体重を後ろにして眼を細める。隊の中で永倉はそこまで図体がでかくないが沖田はそれよりも一回り細い体躯をしている。肩を窄めると更に細くなる。
「粛清か、いやになるな」
 土方が居たら鋭い目つきで睨まれる発言だ。だが沖田はそうですね、と微笑した。一般隊士に土方同様畏れられる所以はこういう所作にある。平気な顔で昨日までの仲間を殺せる奴なのだ。情、という感情をまるで持ち合わせていないように斉藤は感じている。自分の行動に理由をつけないで生きていける男なのだ。
「お前はどうして気付いたんだ」
 永倉に聞かれて沖田はやだな、と笑った。
「斬るべき相手を目の前にしたら自然と刀が動くじゃねェですかィ」
 あっけらかんと沖田が言う。珍しく永倉が唖然とした。