不朽





「なんでって、生きてるからここにいるんだぜ?」
 口元だけで笑うと、沖田を通り越して土方は五八郎の前に立ち塞がった。どっと力が抜けて膝を折った五八郎を縄を引くかたちで永倉が上向かせる。それでも首が項垂れるので頭を掴んで土方へと対面させた。
 斉藤は身体の向きを変えて、周囲を警戒し、そういった役割を受け入れている自分に笑いが零れそうになった。土方を、真選組を無意識のうちに守衛している。この一件に片がついたらいつものように酒盛りをしたい、と望んでいる。そこには近藤がいて、土方がいて、沖田がいて、永倉や原田や藤堂もいる。さっさと終らせてェな、と心の内で思っている自分が当たり前のように此処にいた。
「五八郎、お前が誰の配下に属している攘夷志士なのかは知らねェが、附くならもう少しマシな奴にしろよ。あんなに間者を紛れ込ませてたら、誰だって気が付くぜ」
 土方の抑揚のない声に対して五八郎の声は蚊が鳴くような弱弱しいものだった。
「藤十郎や幸助は・・・・・・・・・」
「全部で六人、捕らえて俺が粛清した。それから角谷のお松だったか、あれも捕らえてある」
 五八郎は息を呑む。
「なんで、女は関係・・・・・・・・・」
「山崎が調べてんだよ。間者の六人はよくあそこで茶ァ、飲んでたらしいな。店調べたら面白いくらい出てきたぜ。大量の武器弾薬が。お松ってのは、お前の女なんだろ? 泣き喚いて狼狽して憔悴して、可哀想なもんだったぜ。覚悟もねェ女に加担させて、それがお前らの士道か」
 嗚咽する五八郎に斉藤は舌打ちをした。土方一人を殺す謀にいったい何人を無駄死にさせたのか。誰も反対する人間がいなかったのか。そういう計に満場一致する集団を思うと胸糞悪くなる。国の為、と自分の思う道義を示すのがたった一人の男を討つ事なのか、その為に大量の犠牲を払うことなのか。斉藤は愚かだとしか思えなかった。
 土方はそんな粗末な策は立てない。近藤はそんな薄い決死を許さない。
 斉藤は初めてこの時、自分の組織に優越を抱いた。自分の意思でこの場所に留まっている事に、この時、初めて目指すものが見えた気がした。役目、というものを強ち悪いことではないのかもしれないと気付いた。
「斉藤、永倉、ご苦労。戻るか」
 土方が歩き出し、沖田もそれに続いた。沖田の白の長着には返り血一滴もつこびり付いていなかったが、袖の箇所にみたらしのタレが付着している。更には右手で持っていた刀を自分の袖で拭って、鞘に納めた。その所作が斉藤の心情を波打たせ、沖田の暴走した様子と不意に重なった。もしかしたら、沖田は土方は生きていると確信していたうえで、五八郎を斬ろうとしたのではないだろうか―――――――――考えても詮無いことを気にしたが、斉藤も永倉も土方が死んだ等とは微塵にも信じなかったあの状況で、あの沖田が到底その言葉を鵜呑みにするとは思えなかったのだ。
 屯所に戻ると、五八郎とお松を共に葬った。五八郎の首は沖田が落とした。後で聞いたが、沖田が自分から進み出たらしい。お松には即効性の毒薬を飲ませた。
 報告書を終えて屯所の風呂に浸かっていると、永倉が入ってきた。「疲れたなぁ」と掛け湯もそこそこに湯船に浸かった永倉に「沖田は土方が本当に死んだと思ったのかな」と話しかけると、永倉は聊か愕いたようで、目を丸くした。斉藤は自覚があったので黙すと、永倉は「珍しいな」と前置きして「多分、分かってたんじゃないのか」と笑った。
「沖田は分かってて、五八郎を斬ろうとしたのか」
「それを予想して、土方がお前に止めてくれ、と頼んだんだろう」
「あの二人はなんなんだよ」
「なんだかんだ言っても五八郎は一番隊だったからな、総悟だって人間だぞ。それと、土方はあれでいて総悟の事が可愛いからな、少しでも業を背負わせたくないんだろう・・・・・・と俺は思ってるんだが、わからねェなぁ」
「・・・・・・・・・そうか」
「まあ、いいじゃねぇか、どうでも。味方が誰も死ななきゃ俺はいいと思ってる。こうやって湯浴びてよ、皆で宴会できれば、いい酒が呑めるんだ」
「そうだな」
「斉藤、お疲れ」
―――――――――――斉藤、総悟が気に喰わないのは分かるが、今回はアイツが無茶したらお前が止めてくれや
 土方の声が脳裏を過ぎる。そんな謂れは無い。義理も無い。だが、きっとまた土方に頼まれれば自分は沖田を止めるのであろう。
 五八郎との接点は斉藤にも多少はあった。竹刀を向けたことも、会話をした事もある。あの時、五八郎は逃げようとしていた。刀を向けられて、動揺していた。覚悟なんてできていなかったんじゃないのだろうか。自分の為す事を心の底から信じて、歩くべき道を見つけて掴み取っている。それがどれほど幸福なことだろうか、と。斉藤は近藤や土方、沖田を見て何時も考える。
 どんな事があってもその決意は朽ちない。貫くものをもっている人間の世界は限りなく広く、ずっと先へと続いている。自分の生き方を見つけていて、信じるもの、確固たるものを手にどこまでも気高く堂々としていて。そういう人間は何かを失ったとしても、どこまでも強くなる。他人から被疑されようが、非難されようが決して動じない。信じてくれるものがある。寄り添ってくれる者がいる。たとえその者が亡くなったとしても、繋がりがあった事は財産になり糧になる。それはとても幸福なことだ。
 宴会場で土方と小競り合いをする沖田は悪戯顔で笑っている。土方が怒鳴り、近藤が苦笑して、山崎が狼狽している。取り巻く隊士は呆れたり野次を飛ばしたり、いつもの光景だ。
 永倉からお猪口を渡されて、酒を口に含む。旨いなぁと心底思った。そのせいか、いつの間にか口先から零れていた。
「なぁ、永倉、俺はもしかしたらこの光景をずっと覚えてるかも知れねぇな・・・・・・・・・」
「本当に珍しいな」と云うと、永倉は愉しそうに「じゃあ、生き抜かなきゃな」と笑った。
 生き抜く、その言葉に周りを見回して、絶対に真選組は朽ちないのだと斉藤は信じ、酒を呷った。