山崎と総悟と副長







「沖田さんの言ったとおりでしたよ」
 ファーストフードの奥の席、山崎退の穏やかな声にオレンジジュースを下唇から離す。着流し姿の山崎は懐からメモを取り出して読み上げる。
「まだ隊にも正式に振り分けれていない奴らですね。重間和利、荒川昌男、桑野多古………先月に入隊した十名です」
 メモをしまいながら「沖田さんはいつもこの店ですね、飽きないんですか」と聞いてきた。山崎は目の前に並べられている食事、飲み物に一切手を付ていない。妙なところが生真面目で監察報告が終わるまでは上司の目前で飲食しないことに決めているらしい。堅実、従順というよりは、純粋に監察という仕事が、真選組が好きなのだろう。土方に叩き上げられてせいもあるかもしれない。
 土方は早くから山崎の才覚に目をつけていた。地味で一見目立たないこの男が入隊したいと土方の前に立ったその瞬間に一目で気に入ったらしい。身体能力は入隊当初は並だったが、今では隊長格には及ばないまでも他の隊士とは群を抜いている。仕事は手堅く裏は必ずとってくる。名利とは無縁の仕事内容にも拘らず、影で忠誠を尽くしている。
 いつか原田が山崎に聞いていた。「お前、表には出たくねェのかよ」と、山崎はいつもの柔和な笑みを浮かべて「別に。俺にとっては痛快なんだよ、この仕事」と答えていた。たまたま通りかかりに聞こえた会話で、だが、総悟はずっと覚えている。「痛快?」「そう。本当、面白いんだ。あの人の考えることは」なにやら思い出したように山崎はクツクツと笑ってそのまま歩いていった。後に残された原田が「なんだ、あいつ」と呟いていたが、沖田はその理由が分かるような気がしていた。
「土方さんに内緒で仕事するなんて、怒られるんだろうな」
 言葉よりも口調は困っていない。どちらかといえば面白がっている。
「黙っときゃばれねーよ」
「沖田さん知ってるでしょ、副長の嗅覚が常人ならぬこと」
 山崎は人の裏を読むのが巧い。本当に余計なことは一切口にしない。如才ない。常変わらずの表情で「報告は以上です」と締めた。
「食えよ、腹へってねーの」
「あ、減ってます。いただきます」
 そこで漸く山崎はアイスコーヒーの入ったコップを持ち上げた。すっかり氷は溶けて薄くなってしまっているにもかかわらず美味そうに喉に通していく。エビフライに箸を伸ばすと、唐突に世間話を始めだした。
「沖田さんも副長も局長も似てますよね」
「はぁ? 何が」
「いやね、給料も相当貰ってるのに通う店は庶民的なんですよね。三人とも刀以外の物欲とかほとんどないじゃないですか」
「俺らは武州のド田舎から上がってきたからな、貧乏性なんだろ」
「違いますよ。きっと本質的なものなんです」
 そこで衣が厚さが身をはるかに上回っているエビフライを口に運び租借する。噛む回数が多く箸使いも申し分ない。むさ苦しい男所帯にいて、礼儀や行儀とは縁ほど遠い真選組に馴染んでいるのに、こういう側面を見ると山崎は野蛮な集団とは差異を感じる。おそらく弁別が出来るのだろう。そこが山崎の強みだ。空気に馴染み周囲に不思議なほど染まれるのに、自己を確立している。従順ではあるが、自分で決めて決断し、愉しんでる上のそれなのだ。そして土方を何よりも信頼し、同調している。山崎も俯瞰の目を持っている。
「土方さんに怒鳴られたら今回は俺のせいにしていーぜ」
「いいですよ。怒られんのは慣れっこですし。怒鳴られても罪悪感がないと嫌な気持ちはしないもんです」
「そういうもんか」
「自分の思うようにやって、それに対して他人がどうこう思おうと知ったこっちゃないんですよ」
「ふうん」
「まぁ、土方さんがそうだから、そういうのカッコイイなと思って、受け売りです」
 照れたように笑う山崎の本質はまた別なところにあるんだろうな、と総悟は思っている。
「でも土方さんもきっと薄く気付いてんだろうナァ」
「俺もそう思いますよ。その証拠に土方さんから連絡が入りません」携帯を片手でプラプラさせながら山崎は苦笑する。「沖田さんが俺を使って探っているのも気付いてるんじゃないんですか」
「おそらくな。土方さんは自分のこととなると腰が重いからナァ」
「ほかの事はすぐ動くんですけどね、まぁ、ああいう人ですからね」
「しっかし、そいつらもバカだナァ。裏でこそこそして、あの人殺ろうってんならもっと巧くやんなきゃなんねーの分からないのか」
「人数が多ければ良いってもんじゃないんですよね。露見しやすくなるし。集団ってのは惑わされますからね、己の力量をきちんと把握していないと自分が強くなった気がするんですよ」
「本当に強いのは個なのにな。毎回毎回馬鹿みてェに作戦会議して議論飛ばしてんだろ。あったま悪ィ、議論なんてしたって自分に酔うだけで、たいした事決まんねェなのにな」
「で、どうするんです」
 山崎が口元を引き締め聞いてきた。
「殺すぜ」
「勝手な私闘は士道不覚悟で切腹ですよ」
「勝手じゃねーよ、裏切り者は許さねェ。そのためにお前に調べさせたんだ」
「いいんですか、俺が沖田隊長に土方さん暗殺の計画を立てている新人隊士の調査を依頼されて、裏を取って、沖田さんが静粛しましたって言っても」
「土方さんは絶対気付いてるんだろうし構わねェよ。不都合あってもあの人がフォローしてくれんだろ」
 山崎が溜息をつく。それに構わず伝票を取り上げた。
「山崎、ご苦労」
 席を立ち歩き出すと、呼び止められる。何を言われるかなんとなく分かって、だが山崎と違い、自分が思うことをしても総悟はそれを指摘されると居心地が悪くなる。山崎を見ずに立ち止まり、目線だけ背後に傾ける。山崎の着ている淡い紺の着流しの輪郭がぼやける程度を視界の端が捉える。
「副長からメールです。余計なことするなって沖田さんに言っとけだって」
 無視して歩き出すと「これで何人くらいですか」と聞かれた。
「数え切れねェよ」と返すと「副長恨まれるの得意だなぁ」と山崎が笑う。
「俺も直ぐ行きますから、なるべくゆっくりお願いしますね」
「来なくていい」
 山崎との距離が離れる。それでも山崎は楽しそうに総悟の背中に声をかけていた。
「俺は副長付き監察なんです。土方さんの命令が絶対なんですよ」
 嘘付け、案外逆らってばかりだ。しかも新人隊士の十人は雑兵。すぐ片がつく。もう子供じゃねぇのにと総悟は一人ごつ。
 土方は総悟の動向に敏感だ。すぐに察する。
 だから刀を軽く握れるのだ、とは信じたくない。