江戸南町奉行の近藤勲が恐るべき執念深さで銀時を口説いていたのを高杉晋介は識っていた。
 誰に訊いたわけでもない。何度かその場面に偶然遭遇していたからだった。高杉には気の向くまま出向いた先で、自分がこれから関わる事柄の勘所を見聞きしてしまうという、奇妙な特性ともいうべき性質があった。だから、近藤の熱心な勧めに、最初は取り付く島もない態度だった銀時が、徐々に絆されて往った様子を高杉はつぶさに識っていた。二人が会合するのは決まって脇本陣の二階の角部屋で、ふたりだけの酒肴の席を設けて行われた。本陣に差し支えが生じた場合に利用される脇本陣は、それ以外の時は一般旅客の宿泊にも使われる。身分がそれなりに保証されていれば町人の利用も可能なのだ。高杉は手持ち無沙汰の時、ここに上がっては、小窓から見渡す町並みを眺めていたのである。ある時、隣室から聞き覚えのある声がして盗み聞きをしたのが発端だった。
 近藤は娘を是でもかといわんばかりに絶賛した。稀代の美人で才色兼備である事や、性質も真面目で申し分のないこと。働き者で職人の妻に向く事を並べ立て、何よりも銀時と性質が似ていると言い張った。高杉は銀時の心が動いた最大の理由は、彼女が「武家の娘であった」と近藤が零したところから始まったと視ている。それまで木の葉のように近藤の勧めを躱していた銀時がそれを訊いて「であった?」と訊き返したのだ。
 薄い壁越しに、近藤が失言したとばかりに情けなく呻き、それから諦めたように仔細を述べた。元は御家人の娘であったが父母共に病で亡くしたこと、一人娘であったから跡取りがなく、お家断絶となったこと、その娘も数年前に病をしたこと、その病で左顔面に痕が残った事。それにより、これまで波の様に押し寄せていた縁談がすべて流れた事。気丈に一人きりで家を支えていた事。左顔を失っても尚、美しい事。それから銀時は、その娘の事を積極的に尋ねるようになっていった。
 そして、銀時は決断したのだ。
 近藤との会合が半年に及んだある日、襖を開け、近藤の姿を認めるや否や「貰う」と宣言したのである。高杉は隣室で笑い声が漏れないように気をつけていた。銀時のことを改めて面白い男だ、と評価した。近藤の裏返った喜悦の声を訊きながら、その女の想像を愉しんだ。そしてこの事は誰にも漏らさず自分の身の内だけで愉しむ事に決めた。